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【開催報告・感想】人はなぜ美術館へ行くのか その2

こんばんは。noseです。3日連続と書いてから3日経ってしまいました。すみません。3回シリーズを3日おきに更新することにします。

前回、ある方から「他の方の感想を読むことで改めて考えることもあって、とても良いですよね」とおっしゃっていただき、私自身も本当にそう感じています。対話の中で参加者の皆さまがどのように感じて、何を考え、発言されているのか。少しだけ頭の中を垣間見れるようなそんな気がします。

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【感想2 匿名希望さま】

まずは「当日、参加者がテーマを決める」という初めての試みが
とてもエキサイティングでした。
偶然(?)その「場」に集った参加者自らが会話の起点を共に探ることで、
一期一会の臨場感、セミナー受講者ではない当事者意識を持てました。
哲学ではなく、より柔らかい「てつがく」でした。

『人はなぜ美術館に行くのか?』

「人はなぜ“美術”を求めるのか?」とは違います。
“美術”ではなく“美術館”。

かなり痛切に必要性を感じてしまう人間としては、
ゆるぎなく美術館は不要とおっしゃる方の言葉を新鮮に受け止めました。

では、何故、自分は足を運ぶのか?
向きあいたい表現に直接会うため。
心の引き出しに仕舞いこむ新たな宝物を探すため。
それがコンパクトに集められている便利な空間=美術館。
「わざわざ訪ねて回るより簡単だし、安いし、だいたい個人蔵なんて観るチャンスない」
だから美術館に頼る。
既に愛好家になってしまっている人間にとって
美術館は目的ではなく、手段なのだと改めて気づかされました。

もうひとつ気になったのは、隠れたテーマ「教養としての美術」の存在。
会話の中の美術館は、アーティストや作品の来歴をはじめとする美術史の知識、
模範的(と思われる?)鑑賞観(?)まで含んでいたように思います。
肯定派も懐疑派も、この“教養”の取り扱いに戸惑ってしまう。
美術を楽しむのに知識は必要か?理解は必要か?
そもそも美術は理解するものなのか?
難しい。

毎度ながら“もやもや”
でも、日頃目を向けない、この“もやもや”が哲学カフェの醍醐味。
ステキな時間、ありがとうございました。

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以下、nose。色々書こうと思いましたが、やっぱりやめておきます。では、また。



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